心を澄ます毎日を。
新型コロナウイルスの世界的流行は、これまでの日常に変化をもたらし、さまざまな問いを生み出した。
青年会は何のためにあるのか。私たちはなぜ信仰するのか。信仰するとはどういうことなのか。
問いは、対話を生み、対話は、気付きを生んだ。
その気付きは、信仰は〝日々〟だということ。
教えの台といわれるかしもの・かりものの理に基づく生き方が、今、求められている、ということ。
私たちの体をはじめ、あらゆるものは親神様のご守護によってここにある。
お互いはきょうだいであり、皆、親神様の懐で暮らしている。
その中で起こるさまざまな出来事は、心を澄ましてほしいという親神様からのメッセージ。
まずは心のほこりを払い、自分自身が変わろうとする姿勢を大切にしたい。
教祖は、教えに基づく生き方を、自らの行動をもって伝えられた。
その根底にあるのは、人にこうなってもらいたい、誰かにああしてほしいと求める心ではなく、可愛い子どもをたすけたいという与える心。
言い換えれば、
人の良いよう、喜ぶよう、たすかるようにという、
誠の心。
教祖百四十年祭へ向かう三年千日は、一人ひとりが教祖のひながたをたどり、親神様の思いに近づく旬。
心を澄ます毎日を。
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